バイトと在宅講座を始めてから、将棋をやることがめっきり減ってしまいました。
でも、せっかく始めたことなので、少しでも将棋に触れていようと思い、毎週「NHK将棋講座」.と「NHK杯テレビ将棋トーナメント.」だけは見るようにしてます。
オンエアの時間帯はサンデープロジェクトを見るので、大体、録画して月曜日に見てます。
大の大人がスーツや羽織・袴で正装して、将棋と言う遊びに必死に取組んでる姿を見ていると、ふと滑稽な思いに捉われてしまうときがあります。
そして、そんな真剣なプロ棋士の対局を、大真面目に解説しているお2人に、毎週欠かさず放送し続けているNHKに、視聴している私自身に対しても・・・。
この滑稽さは、プロ野球や、プロテニスを見ていてもたまに感じることがあります。
こういう感覚が生じるのは、プロ棋士や、プロ野球選手や、プロテニスプレーヤーの方々が、いわゆる娯楽系の職業だからと言う訳ではありません。
例えば、私自身、かつて職に就いていた頃にも、仕事に夢中になりながら、ふと、必死になってる自分が滑稽に感じられたことがあります。
仕事に行き詰ったときの現実逃避的なものではなく、むしろ、充実感を味わいながら、仕事にのめり込んでる状態が続いているときなんかに生じます。
もちろん、しょっちゅうではなく、数えるほどでしたが・・・。
人間が何かに夢中になってる姿って、その本気度が高ければ高いほど、せつなくて、感動的で、それでいてどこか滑稽で可笑しいですもんね。
そんな感じです・・・。
趣味やスポーツや仕事と言うだけでなく、そもそも、人生そのものが滑稽なのかもしれません。
一生を終えて死んだところで目が覚めて、「ハッ!」と気づいたら、実はそれまで自分の人生だと思って必死に生きてたこと自体が実は誰かの夢だった
と言う漫画の落ちみたいなものなのかもしれません。
そんな下らないことを考えていると、
例えば、
「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。
ひとたび生を得て、滅せぬ者の有 るべきか。 」
と言う敦盛の一節を好んだ信長の気持ちや、
それとは意味合いは違いますが、
「おもしろきこともなき世に面白く・・・」
との辞世の句を残した、高杉晋作の想いのほんの一旦にでも触れたような気になります。
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