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びんた先生

「The Way We Were」シリーズ第5話は、小3の時の担任0先生の思い出です。

O先生は、20代の男の先生でした。

3年生の担任がO先生に決まったとき、母親はとても喜びました。

「ちょうどええわね。 一年間びんた先生に鍛えてもらいなさい。」

そうです。

O先生は、教え子にすぐびんたを食らわすため、みんなから「びんた先生」という愛称で親しまれてる熱血先生でした。

近所のおばちゃんからも、

「良かったねぇ、さざまるちゃん、あの先生に1年鍛えられて男にしてもらいなさい。」

と言われ、単純な私は、人として成長できる気がして、素直に喜びました。

1237433101 O先生は、新学期早々、クラスのみんなの前で、提言しました。

「今から、この1年間みんなに守ってもらいたい決まりごとを言う。」

そう言うと、7ヶ条とでもいうべきものを黒板に貼り出しました。

内容は、

「廊下は走らない! 宿題を忘れない! 忘れ物をしない! etc.」

私の苦手なことばかりでした。

先生「みんな、もう3年生じゃから、これぐらい守れるよな!」

生徒「は~い!」

先生「じゃあ、守れなかったらその度にびんたをするけどいいな!」

生徒「・・・・・。」

先生「守れるんならええじゃろう。 どうしても嫌な人は手を上げて!」

生徒「・・・・・。」

先生「よし、それじゃあ、みんなよろしく!」

私は、先生に言われる前から、3年生になったら今度こそちゃんとしようと思っていたので、これぐらい守ってやるわい。

と強気でした。

しかし、私の意気込みはいつも最初だけでした。

1年後には、びんた回数ベスト5にランクされてしまいました。

びんたを受けた回数を紙に書いて壁に貼り出し、正の字を書いてたので、良く覚えてます。

それを参観日にご父兄の方々にも見てもらってました。

一番多かったのは、なんと女子のさっちゃんで、130回ぐらいだったと思います。

O先生のびんたは、容赦なく、とても痛かったんですが、反面、明るく、暖かく、みんなの人気者でした。

先生と別れるのが寂しくて、春休みに何人かで、ご自宅まで遊びに行ったくらいですから。

悪い事をしたら厳しく叱ってくれ、いい事をしたら手放しで褒めてくれるというところが、生徒としても、心身ともに安心して先生に委ねられたんだと思います。

当然、父兄の協力もあってのことですが・・・。

今では考えられないですね。

このびんた先生は極端な例ですし、学校教育における体罰について、私自身、手放しで肯定している訳ではありませんが、体罰に対する世の中の評価が急激に変わっり、戸惑った記憶があります。

いつからでしょう?

私が高校の頃までは、当たり前のように叩かれてました。

ところが、就職して3年目のときに、小学校教師になった幼馴染が、

「子供を叩いてやることができん!」

と嘆いていたことから考えると、その辺りの7年間で一気に変わったようです。

恐らく、戸塚ヨットスクール事件からじゃないかと思います。

果たしてびんた先生は、この時代の変化に対して、どのように自分の教育方針と折り合いをつけながら教師生活を送られたのでしょうか?

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